今日は衛星放送で、寅さんの最終作を放映した。
本当は私は(私事で)それどころじゃなかったんだけど、後半を見た。

ラストシーンは神戸長田区だった。
この映画のファーストシーンも、神戸長田区だ。

号泣してしまった。

あのお正月の風景は、変わってしまったのだろうか。
あのころの日本はなくなってしまったのだろうか。

父が亡くなって、明日で8年になる。
父と母は、毎年お正月3、4日くらいになると、京都河原町の映画館に寅さんを見に行った。
もう、なくなってしまった映画館・・・あ、ちがうな。でかい綺麗な映画館に変わったんだ。
(なくなったのは、東宝系。)

昔、寅さんを上映していた映画館は、輝いていた。
みんな大笑いして、泣いていた。
混んでいた時は、新聞紙を通路の階段に敷いて座っていたっけ。

今日の放送。
放映が終わって、番組の中で渡辺俊雄さんと、小野文惠アナウンサーと、山田監督との対談がはじまった。
読まれていた視聴者からの投書のなかに、ちょうどさっきの私のような話が出ていた。
労務者風のひとたちが、三番館四番館で何本立てにもなっていた寅さん祭りで、笑って泣いていた、と。
その時から「それから、私には寅さんは喜劇ではなくなった」と。

けれど、山田さんは「ありがたいことだけれども」、寅さんは喜劇だ、と言う。
世界中で重い映画はあるけれど、今は腹の底から笑う喜劇がない、という。
「この世に笑いを」。

またそれさえもまた、私は中居さんを頭に浮かべた。
中居さんが笑いを求めるのは、この山田さんの思いと同じではないか。
今の世だから、笑いを。
笑いって・・・喜劇って人間を見せないとダメなのだ。
その笑いへの模索はこれからだ。

天才、完璧な役者と言われた渥美清さん。
映画で初主演するのは、34歳。
寅さん役者として重宝されるあまりに、私生活をベールに包み孤独に生きた役者。
寅さんを演じてからもいくつもあった、と言われる企画が周りから否定され続けていた、という。
本当はとても不遇だった天才。

寅さんとリリイ。
決着がついているかと思いきや、まだまだ不安定な歳を重ねたふたり。
もう若くないふたり。
このふたりについては、前にも書いた。
http://diarynote.jp/d/63213/20060412.html
「男が女を送るって言う時は、女の家の玄関先まで送るのを言うんだよ」
リリイにみっともない、と憎まれ口を言われながらも、そんな女心をくすぐる男気。
こんな男も少なくなった。

寅さんは、リリイを置いて、旅に出る。

寅さんは、まだ日本を歩いているだろうか。

今の日本って、どうなんだろう、ねえ。

今の時期、よく話す。
「おとうさんが今生きてたら、どう言ってるだろうね」

生きていたら、29日で68歳。(命日28日、誕生日29日なんですよ・・・ぎりぎり現役)
まだ、そんななのに。
もう、そんななのになあ。

切なくって、涙が出る。

失われる場所、忘れられない場所。
ドラマ「白い影」(2001)のロケ地、オセアノートで今夕、集まりがあったのですよね。
お店が改装してしまう、ということで、有志の方が企画された。
オセアノートの思い出は素晴らしい記憶になりそうですか?

記憶に残る、心に残る、そんな映像作品が残せること。
役者冥利に尽きるよね、中居さん。

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