ダイエット11週め、とただいま。
2006年3月31日 ダイエット コメント (3)ダイエット11週め。
先週のリバウンドを0.5キロ減量。
目標まで1.5キロ。
なかなか、難しいです〜。(苦笑)
はじめてから、3、4キロ減、から変わらない。
もうちょっと、と思うのだけども・・・・。
それから、コメントいただきました皆さん、ありがとうございます。
東京から帰ってまいりました。
一昨日は、埼玉まで祖母を見舞ってきました。
祖母は、施設でお世話になっています。
いろいろ、施設の種類もあって病院に入ったり近隣のホームに移ったり、とで、聞いていてもよくわかりません。
伯父が、あちこち奔走して今のところに入れてもらって、3、4年になるそうです。
祖母は、もう10年近く前から認知症が進み、私たちのことはわからない。
それでも、4、5年前に訪ねた時は、噛みあわないでも話していたのが、もう最近は話さない、と伯父が言っていた。
母からも「前とはちがうからね」と言われていた。
一昨日、訪ねた時、施設の中央の食堂のような広いところで、祖母が車椅子に座っていた。
まず、座っているだけでも、驚いた。
もう、寝たっきりだと思っていたから。
無表情に、なにをするでもなく座っている祖母に、職員の方が大きな声で声をかける。
あまり反応はない。
伯父が大きな声で話しかけると、ふと目を上げた。
「見覚えがある人がいる」みたいな感じ。
職員の方と伯父が交互に、祖母に話しかける。
私と母のことを伝えているのだけど、気を使ってくれているのだろうけど、明らかに祖母は戸惑って、困っていた。
表情が固いまま、手を組み合わせて硬く握り締めて、私たちのほうには目を向けない。
口を引き結んだまま、ただ、伯父を見上げている。
なんだか、可哀想になってしまった。
祖母の隣に座って、あれこれ話した。
隣に座ってらっしゃった入所者の方が、思いがけず嬉しがって話していたり、同じ京都出身だという百歳の方を職員の方が連れて来て、お話したり(その方は、とってもお達者でビックリしました!)。
そうすると、祖母は母から勧められたスプーンに掬ったヨーグルトを口にしだし、手のひらを広げていき、母が握る手に触れたままでも大丈夫になった。
「京都、から来たんですよ」と言った言葉に、突然、大きく「ほう、そうかー」と頷いて声を発したので、職員の方が「あらあら!」と笑い出した。
祖母は、担当の職員の方に話しかけられると、反応が大きい。
無表情な顔が、わずかに綻ぶ。
ああ、よくしてくださってるんだなー、と思った。
今はこんな、無心な感じになっているけれど、昔はなかなか、難しい人だった。
「ばかにしてる!」「ここはあほばっかりや!」などと暴言も言ってたそうだし、気に入らないと杖を振り回したり。
そういう、ひとだったから。
祖母は、京都の真ん中の呉服商のお嬢さんだった。
なにかと難しいひとだったけど、気は悪くないけれど、なにかと。
終戦後、苦労したわりには、そんなところはそのままで、長男の伯父が苦労をした。
しっかりものの伯父が煙たかったのか、祖母は元気な頃は伯父とはなにかとやりあってたみたいだけど、伯父は親孝行だ。
今は、祖母のためになにかと尽くしている。
伯母は長年、祖母のためにしんどい思いをしてきたのが負担になって、前に体や神経を痛めたこともあって、施設での支度やらなにやらの手伝いをしつつ、伯父の退職後は祖母と少しワンクッションを置いて接している、という。
そうして、無理をしない方がよいみたい。
伯父と母と私の京都弁に、うっすらと笑い出した祖母の顔を見て、嬉しかった。
もっともっと、老いを怖いものだと思い込んでいた。
ほっとした。
祖母は、祖母だ。
「○○(母)は、おばあちゃんの娘だよ。隣にいるのは、その娘、孫だよ」と何度も言われて、困っていた祖母。
そんなん言われてもわからへんやんね?おばあちゃん。
だから、私は母の顔にぴったり、と私の顔をつけた。
その顔を、祖母のまん前に置いて、言った。
「ほら、見て。似てるやろう、おんなじ、おんなじ」
そうしたら。
祖母は、うっすら笑っていた顔を、「にやあ」とした笑い方に表情を、一瞬、変えた。
あの「にやあ」は、かつての祖母の笑顔だった。
私は母親似、母親は祖母にそっくり、と言われていた。
私たちは、みんな似ている。
「さようなら、また来るね、元気でね」
と言うと、組み合わせた手を解いて、祖母は小さく両手を合わせて、手を叩いた。
食事をあまりしない、と言われた職員さんの言葉を思い出して、「ごはんよく食べてな、よく眠ってな」
というと、目を合わせて大きくうなづいた。
ほんの40分ほどの間に、どこか奥の方から表に出て来た祖母の生気が、嬉しかった。
前に入っていた病院のかかりつけの若い医師がおっしゃっていたそうだ。
「僕は、人生観が変わりました」と。
老人の病院を担当することによって、変わったのだ、と。
「かわいそうだと思わないで下さい、幸せなのですよ」
と仰ってくださったそうだ。
伯母は、その言葉に心が軽くほっとした、と言っていた。
医師のことばは、そんな力がある。
祖母孝行になったかどうか、はわからないけど、そんな感じで。
伯父のところにお邪魔した後に、晩ごはんをご馳走になって、東京駅近くのホテルに向かった。
そこから、今日はすっかり、はとバスで東京見物して遊んできました。(笑)
六本木ヒルズの森タワーで東京シティビュー、ここで富士山も見られましたよ!それから東京タワー。(笑)
森美術館と、朝日放送の売店も行ったかな。
それから、日の出桟橋からシンフォニーに乗ってランチクルーズ。
銀座で降ろしてもらって、銀ブラして帰ってまいりました。
また、そのあたりの話しは明日にでも!
先週のリバウンドを0.5キロ減量。
目標まで1.5キロ。
なかなか、難しいです〜。(苦笑)
はじめてから、3、4キロ減、から変わらない。
もうちょっと、と思うのだけども・・・・。
それから、コメントいただきました皆さん、ありがとうございます。
東京から帰ってまいりました。
一昨日は、埼玉まで祖母を見舞ってきました。
祖母は、施設でお世話になっています。
いろいろ、施設の種類もあって病院に入ったり近隣のホームに移ったり、とで、聞いていてもよくわかりません。
伯父が、あちこち奔走して今のところに入れてもらって、3、4年になるそうです。
祖母は、もう10年近く前から認知症が進み、私たちのことはわからない。
それでも、4、5年前に訪ねた時は、噛みあわないでも話していたのが、もう最近は話さない、と伯父が言っていた。
母からも「前とはちがうからね」と言われていた。
一昨日、訪ねた時、施設の中央の食堂のような広いところで、祖母が車椅子に座っていた。
まず、座っているだけでも、驚いた。
もう、寝たっきりだと思っていたから。
無表情に、なにをするでもなく座っている祖母に、職員の方が大きな声で声をかける。
あまり反応はない。
伯父が大きな声で話しかけると、ふと目を上げた。
「見覚えがある人がいる」みたいな感じ。
職員の方と伯父が交互に、祖母に話しかける。
私と母のことを伝えているのだけど、気を使ってくれているのだろうけど、明らかに祖母は戸惑って、困っていた。
表情が固いまま、手を組み合わせて硬く握り締めて、私たちのほうには目を向けない。
口を引き結んだまま、ただ、伯父を見上げている。
なんだか、可哀想になってしまった。
祖母の隣に座って、あれこれ話した。
隣に座ってらっしゃった入所者の方が、思いがけず嬉しがって話していたり、同じ京都出身だという百歳の方を職員の方が連れて来て、お話したり(その方は、とってもお達者でビックリしました!)。
そうすると、祖母は母から勧められたスプーンに掬ったヨーグルトを口にしだし、手のひらを広げていき、母が握る手に触れたままでも大丈夫になった。
「京都、から来たんですよ」と言った言葉に、突然、大きく「ほう、そうかー」と頷いて声を発したので、職員の方が「あらあら!」と笑い出した。
祖母は、担当の職員の方に話しかけられると、反応が大きい。
無表情な顔が、わずかに綻ぶ。
ああ、よくしてくださってるんだなー、と思った。
今はこんな、無心な感じになっているけれど、昔はなかなか、難しい人だった。
「ばかにしてる!」「ここはあほばっかりや!」などと暴言も言ってたそうだし、気に入らないと杖を振り回したり。
そういう、ひとだったから。
祖母は、京都の真ん中の呉服商のお嬢さんだった。
なにかと難しいひとだったけど、気は悪くないけれど、なにかと。
終戦後、苦労したわりには、そんなところはそのままで、長男の伯父が苦労をした。
しっかりものの伯父が煙たかったのか、祖母は元気な頃は伯父とはなにかとやりあってたみたいだけど、伯父は親孝行だ。
今は、祖母のためになにかと尽くしている。
伯母は長年、祖母のためにしんどい思いをしてきたのが負担になって、前に体や神経を痛めたこともあって、施設での支度やらなにやらの手伝いをしつつ、伯父の退職後は祖母と少しワンクッションを置いて接している、という。
そうして、無理をしない方がよいみたい。
伯父と母と私の京都弁に、うっすらと笑い出した祖母の顔を見て、嬉しかった。
もっともっと、老いを怖いものだと思い込んでいた。
ほっとした。
祖母は、祖母だ。
「○○(母)は、おばあちゃんの娘だよ。隣にいるのは、その娘、孫だよ」と何度も言われて、困っていた祖母。
そんなん言われてもわからへんやんね?おばあちゃん。
だから、私は母の顔にぴったり、と私の顔をつけた。
その顔を、祖母のまん前に置いて、言った。
「ほら、見て。似てるやろう、おんなじ、おんなじ」
そうしたら。
祖母は、うっすら笑っていた顔を、「にやあ」とした笑い方に表情を、一瞬、変えた。
あの「にやあ」は、かつての祖母の笑顔だった。
私は母親似、母親は祖母にそっくり、と言われていた。
私たちは、みんな似ている。
「さようなら、また来るね、元気でね」
と言うと、組み合わせた手を解いて、祖母は小さく両手を合わせて、手を叩いた。
食事をあまりしない、と言われた職員さんの言葉を思い出して、「ごはんよく食べてな、よく眠ってな」
というと、目を合わせて大きくうなづいた。
ほんの40分ほどの間に、どこか奥の方から表に出て来た祖母の生気が、嬉しかった。
前に入っていた病院のかかりつけの若い医師がおっしゃっていたそうだ。
「僕は、人生観が変わりました」と。
老人の病院を担当することによって、変わったのだ、と。
「かわいそうだと思わないで下さい、幸せなのですよ」
と仰ってくださったそうだ。
伯母は、その言葉に心が軽くほっとした、と言っていた。
医師のことばは、そんな力がある。
祖母孝行になったかどうか、はわからないけど、そんな感じで。
伯父のところにお邪魔した後に、晩ごはんをご馳走になって、東京駅近くのホテルに向かった。
そこから、今日はすっかり、はとバスで東京見物して遊んできました。(笑)
六本木ヒルズの森タワーで東京シティビュー、ここで富士山も見られましたよ!それから東京タワー。(笑)
森美術館と、朝日放送の売店も行ったかな。
それから、日の出桟橋からシンフォニーに乗ってランチクルーズ。
銀座で降ろしてもらって、銀ブラして帰ってまいりました。
また、そのあたりの話しは明日にでも!
コメント
おかえりなさいー☆
きっと、さらささんの訪問は「祖母孝行」にはなったと思います。
以前、新聞に「認知症」の方は、なんにも分かっていないと、思われがちだけど、ちゃんと頭(心)では、分かっているのに「表現」(伝えられない)なかったりして、本当は「もどかしい」思いをしている。という文面を読みました。
だから、きっと「さらささん」のことは分かっていると思います。
「かわいそうだとは思わないで下さい、幸せなのですよ」
こういう優しい思いを持った良いお医者様と職員の方に囲まれて、きっと幸せなのだと思いました。
東京観光でのエピソード、楽しみにしていますー♪
ただいまー!
紅さん命名(笑)「抱擁祭り」、忘れてて、ハッと気づいた時は名シーンは見逃した模様、でも、紅さんと皆さんの日記でとってもハッピーです!
お体の方はどうでしょう?
なかなか季節がうまく移り変わっていないようで、体調に響いているのかな、頑張りすぎているのかな、こんなところからごめんなさい。
いやー、それにしてもあったかい、お言葉ありがとうございます。ちょっと、涙目になってしまいましたですよ。
数日後に施設のお花見があるんですって、それにまた来るよ、と伯父が言っていたら、私と母の顔も見比べてたんですね、祖母。
別れる時も、「また来るからね」なんて言ってしまって、「明後日お花見に私たち来なかったら、おばあちゃんがっかりするかなあ」なんて、つい言ってしまって、母から「覚えてないよ、部屋に戻ったらもう忘れてるから」と言われて切なかったんですよねえ。錯覚してしまいます、なんか。わかってんじゃないかなー、なんて。
東京見物の画像、またアップします。(笑)
貴重な経験されましたね。また一つ成長されたように感じました。ダイエットも順調そうだし、良い良い♪ただ、手帳の行方が気になりますね…私の手帳なんて、一時は(今はしてないけどね)中居くんの事ばっか書いてある時があったの。視聴率とか(爆)見つかるといいね。